こんにちは。
今日,中島公園でエゾヤマザクラの木が一本だけ開花していました。たぶん今週末くらいが桜の見頃となるでしょう。温暖化の影響でしょうが,ずいぶんと桜が早く咲くようになりました。
例年だとGWに見頃を迎えていたものですが。
インターネットの記事を見ていてドキリとしたものがあります。
囲碁の藤沢里菜女流名人が15歳だった当時のインタビュー記事です。
ちなみに,私は囲碁はよくわかりません。ただ,並々ならぬものは伝わってきます。
中学を卒業したばかりの少女(記事を読む限りでは高校に進学されなかったようですが,高校1年生の年代です)が,さらりと次のようにおっしゃったそうです。
囲碁がなくなったら,私は死ぬしかない。
囲碁は人生そのものだ。
囲碁が大好きで大好きでたまらないのでしょう。
人生のすべて,可能な限りのすべての時間を囲碁に費やしたのでしょう。
「死」という言葉が15歳の少女の口から自然と出てくるのにも凄みを感じます。
どれだけ対象が好きかどうか,それにどれだけの時間を費やせるかどうか,時間を費やすということは他にさまざまなものを犠牲にすることになりますが,その犠牲を厭わないかどうか,どんな道で成功を目指すとしても変わらない必要な要素でしょう。
人は平等に1日24時間しか与えられていません。と考えると,何かの道を本気で目指すかどうかは生き方の問題とも言えるでしょう。
勉強で言えば,おそらく累計の家庭学習時間が1万時間くらいに到達すれば,超一流大学には手が届くレベルになる可能性が高いと思います。
かなりの学習時間が必要で,多くの犠牲は伴うでしょう。
それをやりたいと思うかどうか,それだけ勉強が好きかどうか,もしも目指したいのであれば,ご自身に問うてみるといいと思います。
では。