こんにちは。
「子どものころから,国語辞典を読んでいるのが好きだった」
と,ある知り合いがおっしゃっていました。ちなみにこの方,東京大学のOBです。
頭のいい人は変わっているなあ,国語辞典がおもしろいだなんて想像ができない世界だなあ,などと感じる方も多いかもしれません。
ただ,実際には,辞典を引いてみることはさまざまな興味をかきたてられ,楽しみを感じることも少なくないと思います。
電子辞書ではなくて,紙の辞書でなくてはならないのですが,目的の語句を引いたとしても,近くにある別の語句が目に飛び込んでくるでしょう。
それで,「あっ,この言葉は辞書ではどう説明しているのだろう。」,「この言葉はよく目にするけれど,正確な意味を知らないから見てみよう」などと感じて,「ついでに」調べたかった語句以外の項目も読んだことがあるという方は多いのではないでしょうか。
読んでみると,なるほどと感心するようなこともあるでしょう。
「好きだ」とおっしゃる方は,そうこうしているうちにいろいろな項目に目を通してしまい,知らず知らずのうちに時間が過ぎていくのだと思います。
そこまでではなくても「楽しい」という感覚はなんとくなく理解していただけるかと思います。
実は今,小学生の国語の授業では辞典を引きながら文章を読み進めています。国語ができるできない,好き嫌いにかかわらず,子どもたちはみんな,辞書を見る楽しみは感じてくれているように思います。何も東大OBだから特別なのだということではないですね。
自宅でも,継続して辞書を引きながら勉強し,さらには少しでも構いませんので関係のない項目も読むようになれば,国語の力はものすごくついていくように思います。
社会科でも,私の場合は統計資料を読んでいると,いろいろな統計を見てしまってどんどんと時間が経過してしまいます。『日本国勢図会』とか『データブック・オブ・ザ・ワールド』などてすね。これも辞書が楽しいというのと同じ感覚だと思います。
歴史の資料集であれば,さまざまな写真も出ていますので,飽きずに眺めていた経験がおありの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
何人かで地図帳のどこかの同じページを開いて,だれかが「〇〇」と指定した地名をみんなで探すという遊びをやったことがある方も多いでしょう。これも知らず知らずのうちに勉強になっていますね。
「勉強が嫌い」「つまらない」とおっしゃる方は多いです。しかし,勉強の中にも楽しめることはたくさんあるのです。
勉強が苦手に子に対して,そうしたことを見つけてあげられるかどうか,きっかけを作ってあげられるかどうかというのも,周りの大人たちの大切な役割なのでしょう。
直接的に成績を上げるためだけの「勉強」だけではうまくいかないのかもしれませんね。それだと圧倒的に「勉強」がつまらないはずです。
では。