こんにちは。
ある古文の演習問題の文章にいいことが書いてありました。
「知らないことは知らないと言えること,これが『知る』ということだ」
私のように人に教える立場にあると,「知らない」,「解けない」と正直に告げることは勇気が必要な行為です。
生徒さんからばかにされないだろうか,なめられないだろうかと,そんなことが頭をよぎります。
また,「先生」という身ではなくとも,どなたでも「知らない」とは言いにくい,知っているように振舞いたいお気持ちは少なからずお持ちだと思います。
難関高校受験専門の学習塾で働き始めた頃,生徒さんから難しい質問をされないだろうか,自分は答えられないかもしれないと,内心ではビクビクしながら働いていました。
その後,自分でもしっかりと勉強をし,堂々と振舞えるようにもなり,「知らない」,「調べて今度回答します」などと正直に伝えられるようになったのは,自分の大きな成長だと思っています。
今の教室でも,(しっかりと授業準備をしていますので,ほとんどそうしたことはありませんが)わからないことがあれば,もちろんそのように対応しています。ウソを教えてしまうというのが,もっとも罪深いことでしょう。それだけは避けるようにしていますし,勘違いに気がつけば必ず謝罪して訂正しています。
つまりは,自分自身の弱みを隠す必要がない程度には,強くなれたのでしょう。
ほかに,私はカタカナが苦手です。変な読み方をしてカタカナ語を間違えて覚えていることや,授業中に読み間違え,書き間違えてしまうことも少なくありません。
例えば,いまだにしばらく考えないと,エスカレーターとエレベーターの区別がわかりません。
おそらく脳の特性,脳機能の発達のアンバランスさなのでしょう。これが極端だと,いわゆる発達障害となるのだと思います。
カタカナが苦手にことについても,生徒たちには話しています。多様性の時代ですから,いろいろな人がいること,強みを生かせればいいのだということを伝えたい意図もあります。
いずれにしても,見栄を張ったり,自分を飾り立てたりしてもいいことはありませんね。等身大で生きられるようになったのが,自分にとっては一番の財産なのかもしれません。
では。