志学ゼミナール塾長のブログ

札幌市,中島公園近くの学習塾「志学ゼミナール」のブログです。

追い詰められると

こんにちは。

私は,追い詰められて,もうどうしようもないと思うと,とんでもない行動に出る傾向があります。
それが自分の弱点,欠点だと自覚もしていますが,たまに追い詰められて突拍子もないことをします。
そんなこんなで,仕事で追い詰められて会社を辞めたこともあります。(Z会ではないですよ。)

昨日,国語の先生とけんかをしたと書きました。
高校1年のときです。
授業はものすごく真面目に聴いていました。成績もすこぶる良かったです。
ただ,いつからか,私は現代文の授業ではノートを取らなくなりました。
したがって,高校の現代文の授業でもノートを取りませんでした。というより,現代文用にノートを用意すらしていませんでした。
先生が解説を板書したのをノートに写して,それを暗記したところでまったく力はつかないと考え,先生の話を聞き,本文に目を通し,真剣に考えながら授業を聴くというスタイルになりました。

余談ですが,たまにノートを取らない生徒がいます。
たいていはよくできる生徒です。彼(彼女)らもたまにメモ書き程度に何かを書くことがありますが,「おっ,ここはメモするのか。さすがによくわかっているなあ」と感じる,何というか核心となる重要なことだけ書き留めている場合が多いです。そうした部分を書き留めているというだけで,素晴らしく賢いことはよくわかりますね。

本題に戻ります。
そんな,ノートを取らないでいたある日のこと。先生が,ある行動に出ます。
先生も私がノートを取らないことは,当然気がついていたでしょうし,おそらく気になっていたことと思います。ただ,成績が良いから注意しにくかったのだと思いますし(実際,何も言われませんでした),私自身も先生からよくは思われていないことは感じていました。
で,先生がどうされたかというと,授業の終わりに先生が「次の時間にノートを集める」とおっしゃったのです。

普通は,友達にノートを借りて,写して出すのでしょうが,それははっきり言って時間の無駄です。
ノートを取っていない,でも授業は真面目には聞いているということを先生もわかってくださっているだろうとも考えました。
そこで私は先生に,ノートは出せませんと,事情を説明して謝りに行きました。
ノートの評価も0点で構いませんとも申し出ました。
とりあってくださいませんでした。
結局は話し合いをあきらめ,しようがないのでずっとノートを出さずにいたのですが,それでも「出せ」と言われたので,再び職員室に行って,事情を説明して謝りに行きました。

何を言っても「出せ」しかおっしゃいません。
議論にもなりませんし,こちらのことを理解しようともしてくださらないので,
まあ,追い詰められたわけですね。それでどうしたかというと…

その足で購買に行って新品のノートを買い,表紙に名前を書いて,そのまま,職員室に引き返して買ったばかりのノートを提出しました。
たまたまそのとき先生が席を外されていて,机にノートを置いて帰ってきたのですが,
後日,ノートの表紙と裏表紙を見開きにした状態で,そこにデカデカと「てめぇなめんてんのか。ふざけんじゃねぇぞ」という感じの暴言が書かれたノートが戻ってきました。
大人げないなあと,ますます軽蔑したわけです。

今,考えると明らかにこちらが悪いですね。
ただ,生徒の話に耳を傾けなかった先生の対応にも問題がないとは言えないと思います。

実際には,屁理屈であったり,自分勝手な都合だけ並べた言い訳であったり,単なる甘えであったり,おかしなことを言う生徒はたくさんいます。
ただ,大人の側が耳を傾けてあげないと,子どもたちも私たちの話を聞いてくれなくなるのではないでしょうか。

今回の話の内容だと,先生の立場としてはなめられないように,という気持ちが強かったのだと思います。すごく成績のいい子が自分の授業でノートを取っていないわけです。こいつ,俺のことをバカにししてるな,と感じても不思議ではありません。
ただ,大人としても人間の大きさ,心の余裕があれば,もう少し違う対応になるはずです。
「ノートを取っていないけれど,できる子だなあ。どういう勉強をしているのか観察してみよう。」と,笑って許すとか,
きちんと私の考えを聞いた上で,「君の考えはわかるけれども,ノートを取ると,こういうメリットもあるのではないかな。」と,話し合うとか,…

今,こういう仕事をしているのでわかる部分がありますが,おそらくあの先生は,教科指導にあまり自信がなかったのだと思います。それで,なめられないようにと,強い態度で応じることしかできなかったのでしょう。
しかし,その態度が,逆に,ますますなめられる結果を生んでいますね。
小さい人間だなあとも思われています。私だけではなく,周りの同級生も多くはそう感じていたことでしょう。
広い心がないと,うまくいきませんね。

心の余裕を持ち,生徒の話に耳を傾けるべきと書きましたが,教科指導でなめられないように,勉強や授業準備をしっかり行うことが,その前提となっていますね。教科指導さえしっかりしていれば,生徒たちは自然とついてくるでしょうし,自信ももてて,先生としての余裕も保てるでしょう。

さらにつづきがあります。
本当にあの先生には悪いことをしたと思っています。
これ以降も,先生からはネチネチと攻撃を受けていました。
そこで,私はどうしたかというと,もちろんノートは一切取りませんでした。
ただ,こんなことをしたら面白いだろうなあ,と思い,次の定期テストの現代文で学年トップを取りました。
それからというもの,指導法であるとか,授業のカリキュラムであるとか,先生が明らかに悩んでいることがわかりました。
これを読むことはないと思いますが,先生,本当に申し訳ありませんでした。

では。