こんにちは。
私は,札幌市立の高校に通っていました。
1950年代前後は子どもの数が多かったのに比べて高校の定員が少なく,進学を希望したのに高校に行けない方も少なからずいらしたそうです。そこで,主婦たちが市民運動をはじめ,それが実って「市立」の高校が誕生したのだと,学校の歴史を教わったものです。最初の市立高校で,市立高校の中では一番の進学校でした。
こうした背景もあってか,ある先生からは,「君たちは札幌の全市民の期待を背負って勉強しているのです。その期待に応えるべく一生懸命に勉強し,札幌市や社会に対して貢献できる人材に育つ義務があります。」と,こんなことも言われていました。
実際は,もう少しやわらかい表現だったと思いますが,言いたいことはまさにこの通りだったでしょう。20年以上前のこととはいえ,少し極端な感じは受けますね。また,「おいおい,自分が好きでこの高校に来て,好きなように生きていきたいのに,全市民の期待なんて背負わさないでくれよ。貢献なんていわれても困っちゃうよ。」と,当惑し反発を感じる方もいらっしゃるでしょう。おっしゃっていたのは戦時中生まれの先生で,「お国のために出征しなさい」という願いが込められたお名前の先生でした。誤解のないように申し上げますが,すごく優しくて,生徒を信じて期待もしてくださる人格者でしたよ。
この話に対してはいろいろな意見があるでしょう。ただ,「選ばれた存在である」という意識は,大切なのかもしれません。
高校時代は,これは特別なことではなく当時の道内の進学校では普通のことでしたが,高3になると多くの授業が「学級崩壊」をしていました。一般にイメージする学級崩壊ではなく,クラスで授業を聞いているのが平均で5人~10人という状態で,だれも騒いではいませんが,授業自体は崩壊していると言えますね。多くの生徒は,自分の受験に必要のない科目の授業では「内職」と称して自習をしたり睡眠をとったりしていました。また,英語や数学などの主要科目でも,授業のレベルが志望校の難易度や自分の学力と合っていない場合には,やはり「内職」をしていました。
しかし,生徒たちがエリート意識を持っていたのなら,この「学級崩壊」は起きなかったに違いありません。
私を含め,当時の同級生たちの態度は決して褒められたものではないですね。当時の高校は受験予備校としての性格が強く,「内職」も暗に認められているようなところがあったのですが,受験ではなく「教育」を考えたときに,方向性がおかしくはなっていたとはいえると思います。
今でも,希望した進学校にせっかく合格したのに,入学後に勉強がおろそかになる生徒が相当な割合に上るわけです。「選ばれた存在である」という意識が希薄であることも,勉強に身が入らない原因の1つであるように感じています。
はじめに書いた私の高校の例ではないですけれども,北海道の公立高校で一番の進学実績を誇る札幌南高校に入ったのであれば,それは「勉強の全道代表」であり,札幌市唯一の公立中高一貫校である札幌開成中学に入ったのなら「勉強の札幌代表」である,と言っても過言ではないでしょう。
他の都府県の場合でも同様で,県内随一の進学校を目指すのであれば,それは「勉強で県代表を目指す」ことになるでしょうし,見事に合格して入学されたなら「県代表として勉強をがんばる」ということにもなるでしょう。
勉強をあまりやりたくないし,勉強も好きではない。それでも県代表にだけはなりたい,進学校にだけは行きたい,という考えはおかしいですね。
ちょうど,サッカーが嫌いだし,練習もやりたくないのだけれど,がっこいいし女の子にもてるからサッカーの県代表にはなりたい,という人がいたとしたら,極めて滑稽であるのと同じですね。
「エリート意識」,「選ばれた存在」というのを,わかりやすく「都道府県代表」,「全市選抜」に例えてみましたが,進学校に入るということは,勉強において「代表」,「選抜」に選ばれているのだという側面は間違いなく存在します。進学校を目指される方は,こうした側面を意識されると,受験勉強も入学後の勉強もうまくいく可能性が高まるでしょう。もちろん,勉強の「代表」なんてまっぴらごめんだと,目指さない生き方も尊重します。中高の6年間なり,高校3年間なりの多くを勉強に費やすのは,もちろん得るものも莫大ですが,失うものもまた多く,つらいことも多いということは事実ですから。
4月から新学年となり,受験学年のみなさんは具体的な志望校を考えていく時期になりますが,今回書いた進学校を目指すことの1つの意味も考えてくださるとご自分にあった学校が見えてくるかもしれませんね。
では。